7/19(木)の心に残った一節
第六章 破局
斉藤と三人一緒に酒を飲んだとき、山田がこんな話をした。
「国重さん、こいつは岐阜の田舎者でね。小さいときから、ミソカツが世界で一番のご馳走だと思って育った。大きくなったら、ミソカツを腹一杯食えるような身分になりたいと、そればかり思いつめてね。お姉さんが町に行くと、お土産に買ってきてくれる。こいつは、はるか遠くの峠道にお姉さんの姿が見えると『あっ、ミソカツだあ』と叫んで走っていくんです。
オレ、どんなものだか知らなかった。で、いっぺん食ってみたんですが、なんであんなものがご馳走なんだろうと思った。ミソカツ、貧しいねえ・・・・・・」
・・・ 省略 ・・・
第七章 火花
「斉藤の葬式のあと、山田と酒を飲んだ。彼は、悲しいとも口惜しいともいわず、黙って飲んでいたが、私が例の『ミソカツ』の話を持ち出すと、いつものように熱演した。それを聞きながら、私は彼の悲しみの深さを知った、と思った・・・・・・」
・・・ 中略 ・・・
だが国重は、アンナプルナで失った無二のパートナー、斉藤安平の葬儀があった晩、体の中まですき通って見えそうなほど明るいこの人物の中に、深い悲しみが宿っているのを知った。
「アンベイの奴、何しろミソカツがこの世の最高のご馳走と考えていたんだよ。そんなにうまいものか、とオレもいっぺんだけ食ってみたが、それがもう・・・・・・」
身振り手振りで語りつつ笑いころげる姿を見て、
「そうか、お前、そんなに悲しいのか・・・・・・」
と思った。