2009年09月03日

黒部の太陽

「黒部の太陽」は、石原裕次郎の主演映画として記憶に留まっていた。立山、劒岳などに通う間に、黒部ダムに興味をそそられた。この巨大なダムを建設するには相当な苦難があったであろう事は、容易に推測できる。そんな想いで読むに至った。
今年、フジテレビで香取慎吾主演で放送されたので興味深く拝見した。
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2007年07月21日

「失われた岩壁〜第2次RCCの青春群像」

「失われた岩壁〜第2次RCCの青春群像」佐瀬稔著、1999年6月18日発行、1982年6月 山と渓谷社刊

7/20(金)の心に残った一節

第1章 穂高滝谷・松濤岩

 十二月十九日、まず松濤が夜行で出発。次いで二十四日、有元が新宿を発った。有元は自室に誰にあてるでもなく、次のようなメモを書き残している。

 これから山へ
 あれほどまでの真摯な年の末、雪氷の殿堂で命を終わるならば私にとってあるいは幸いであるかもしれない。もちろん私はそんな幸いは求めはしないが。私は決して危険だとは思わない。しかしアクシデントが決しておこらないとだれが言い得よう。
Berg Heil
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2007年07月19日

「ヒマラヤを駆け抜けた男」

「ヒマラヤを駆け抜けた男〜山田昇の青春譜」佐瀬稔:著、中公文庫、1997年6月18日発行
7/19(木)の心に残った一節
第六章 破局

 斉藤と三人一緒に酒を飲んだとき、山田がこんな話をした。
「国重さん、こいつは岐阜の田舎者でね。小さいときから、ミソカツが世界で一番のご馳走だと思って育った。大きくなったら、ミソカツを腹一杯食えるような身分になりたいと、そればかり思いつめてね。お姉さんが町に行くと、お土産に買ってきてくれる。こいつは、はるか遠くの峠道にお姉さんの姿が見えると『あっ、ミソカツだあ』と叫んで走っていくんです。
 オレ、どんなものだか知らなかった。で、いっぺん食ってみたんですが、なんであんなものがご馳走なんだろうと思った。ミソカツ、貧しいねえ・・・・・・」
・・・ 省略 ・・・

第七章 火花
「斉藤の葬式のあと、山田と酒を飲んだ。彼は、悲しいとも口惜しいともいわず、黙って飲んでいたが、私が例の『ミソカツ』の話を持ち出すと、いつものように熱演した。それを聞きながら、私は彼の悲しみの深さを知った、と思った・・・・・・」
・・・ 中略 ・・・
 だが国重は、アンナプルナで失った無二のパートナー、斉藤安平の葬儀があった晩、体の中まですき通って見えそうなほど明るいこの人物の中に、深い悲しみが宿っているのを知った。
「アンベイの奴、何しろミソカツがこの世の最高のご馳走と考えていたんだよ。そんなにうまいものか、とオレもいっぺんだけ食ってみたが、それがもう・・・・・・」
 身振り手振りで語りつつ笑いころげる姿を見て、
「そうか、お前、そんなに悲しいのか・・・・・・」
 と思った。
posted by 西さん at 21:53| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月18日

「ヒマラヤを駆け抜けた男」

「ヒマラヤを駆け抜けた男〜山田昇の青春譜」佐瀬稔:著、中公文庫、1997年6月18日発行
7/18(水)の心に残った一節
第六章 破局

 ヒマラヤに行ったら、そこに住む人と同じものを食う。同じ言葉で話す、そのやり方でずっと通してきた。旅行者の気分は最初からない。遠いところから、この国の山を登らせてもらいにやってきた。ならば、その国の生活に敬意を表する、同じようにやるのは当然。第一、そうでなければなんでヒマラヤにくる必要があるのか。ごく自然にそう考え、ふるまってきたのだ。
 山だけのためにヒマラヤにくるのではない。山の麓には人々が住んでいる、そこから出てそこに生きて帰ってくる。もう一度、親しげにほほえみ合い、話し合う。それこそが、このヒマラヤ主義者にとって無上の喜びだったのだ。
posted by 西さん at 21:28| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ヒマラヤを駆け抜けた男」

「ヒマラヤを駆け抜けた男〜山田昇の青春譜」佐瀬稔:著、中公文庫、1997年6月18日発行
7/17(火)の心に残った一節
第四章 極道たちの家
 小暮の妻、幸枝は、生命保険の仕事をして二人の子を育てている。六年後に出た夫の遺稿集の巻末にこう書いた。
<あなた・・・・・・あなたは今、どこの山に登っているのですか。あなたが私たちになんの断りもなしにネパールへ永住を決め込んでから、すでに六年というながーい年月が過ぎようとしています。最後の便りで「山が白くなるころには帰るからな」と子供たちに約束したのに・・・・・・。あれから何度も山は雪化粧しました。白く美しく勝ち誇ったように輝いて、その度にうらめしく眺めています−−−。
 こんな宛て先のない手紙を何度書いたことでしょう。でも、今回で最後にしようと思います。もう六年も子供たちと生きてきたのだから、これから先も親子三人でやって行きます。
 新聞などで「覚悟はしていました」などと書かれているが、あれはない。山へ行くたびに覚悟していたのでは、山ヤの女房はやっていられない。いつも帰りを待って送り出す。毎朝、夫を会社へ送り出す。そんな日常的なことと少しも変わりなく夫を送り出す。だから、帰ってくるのが当然のことなのです。
 その当然のことが、今回は崩れてしまった。好きな山で死ねたのだから本望でしょう、と他人はいうが(略)残された私たちは、そんな優雅なことはいっていられなかった・・・・・・>
 二人の息子は、当時、父親の身に何が起こったか、理解できるはずがなかった。悲報が伝えられたあと、原因不明の熱を出しただけだったが、のち、何かのはずみに、長男・雅之が母親にいった。
「ぼく、大きくなったら、山になんか行かないよ。絶対に・・・・・・」
posted by 西さん at 19:31| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月03日

「サバイバル登山家」

『サバイバル登山家』 服部文祥著
みすず書房/定価2,520円
気になっていて漸く購入し読んでいる。究極の登山とも言うべき内容に驚いている。
でも、憧れる内容に引き込まれてしまう。
posted by 西さん at 08:43| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする